MENU

【考察】Spotify、Apple Music、YouTube──あなたの曲を勝手に書き換えている犯人の正体

streaming-sound-culprit

TuneCoreなどの配信サービスを使って、同じマスターファイルを納品したはずなのに、配信先によってなぜか印象が違って聞こえる。Spotifyで聴いた時の感触と、Apple Musicで聴いた時の感触と、YouTubeで聴いた時の感触が、どうも一致しない。そんな違和感を覚えたエンジニアやアーティストは、決して少なくないでしょう。

「マスタリングが甘かったのだろうか」「書き出し設定を間違えたのではないか」――そう疑い、もう一度ファイルを確認しても、何の異常も見当たりません。実は、その違和感の正体は、こちら側の作業ミスではありません。音楽が配信プラットフォームという「見えない関所」を通過する際、あらかじめ仕組まれた変化を受けているのです。

ストリーミング時代のマスタリングとは、もはやスタジオの中だけで完結する作業ではなくなりました。音楽が私たちの手を離れたあと、各プラットフォームのサーバー上でもう一段階の「調律」が行われている。これは、CD全盛期のエンジニアが想像もしなかった、新しい現実です。

本稿では、TuneCoreをはじめとするディストリビューターを通じて音楽配信を行った際、なぜプラットフォームごとに音が違って聞こえるのか、その背景にある二つの大きな仕組み――「ラウドネスノーマライゼーション」と「コーデック(圧縮形式)」について、プロのエンジニア目線で掘り下げていきます。そして最後に、この時代におけるマスタリングのあるべき姿勢について、RED IGUANA STUDIOとしての考えをお伝えしたいと思います。

目次

第一の関所:ラウドネスノーマライゼーションという見えない手

「音圧戦争」の終焉、そして新たな戦場へ

2000年代から2010年代にかけて、音楽業界には「ラウドネス・ウォー(音圧戦争)」と呼ばれる時代がありました。リミッターを限界まで攻め、コンプレッションを重ね、いかに音圧を稼ぐかを競い合った時代です。CDというメディアでは、音量の大きい楽曲のほうがラジオやプレイリストの中で目立ち、聴感上「良い音」に錯覚されやすかった。そのため、ダイナミクスを犠牲にしてでも音圧を上げることが、ある種の正義とされてきました。

しかし、ストリーミング時代の到来とともに、この戦争の前提そのものが崩れ去りました。元凶となったのが、各プラットフォームが導入した「ラウドネスノーマライゼーション」という仕組みです。

これは、プレイリストの中で楽曲ごとの音量感がバラバラにならないよう、再生時の音量を自動的にそろえる技術です。放送業界には明確なラウドネス規定(EBU R128など)が存在しますが、音楽業界全体を横断する統一規定は乏しいとされており、プレイリスト再生時に楽曲の音量感に差異が生じ、快適なリスニング体験を提供できない可能性があります。そこでSpotify、Apple Music、YouTubeといったストリーミングサービス各社は、コンテンツの音量感を統一すべく、ラウドネスノーマライゼーションという仕組みを独自に設けています。

つまり、どれだけリミッターでマスターを攻め込んでも、プラットフォームの基準値より音圧が高ければ、再生時に強制的に音量を下げられてしまう。逆に音圧の低い、ダイナミクスを残したマスターは、基準値まで持ち上げられることもある。音圧で殴り合う時代は、静かに、しかし確実に終わりを告げつつあるのです。

(ただし、EDMやクラブミュージックのように、ジャンルの慣習として密度の高いサウンドそのものが表現の一部になっている音楽もあります。ノーマライゼーションが前提となった今も、「音圧を上げること」自体が無意味になったわけではなく、目的が「競争のための音圧」から「表現としての密度」へ移った、と捉えるのが正確でしょう。)

各プラットフォームの基準値という「ものさし」

では、実際にどのような基準値が使われているのでしょうか。代表的な数値を見てみると、各社の哲学の違いが浮かび上がってきます(数値は変更されることがあるため、配信直前には各社の最新の公式情報をご確認ください)。

Apple Musicはデフォルトでは音量自動調整がオフになっており、有効時はマイナス16LUFS。Amazon Musicはマイナス14LUFS前後(設定から解除できる場合があります)。Spotifyはマイナス14LUFS(Premiumプランではアプリ設定でマイナス11、マイナス14、マイナス19〜23LUFSの間で変更可能)。ニコニコ動画はマイナス15LUFSという基準を採用しています。一方でYouTubeは事情が異なり、SpotifyやApple Musicでは任意オプションである一方、YouTubeでは強制的にラウドネスノーマライゼーションが有効化され、オフにすることも基本的にはできません。

ここで興味深いのは、Spotifyの調整プロセスです。マイナス14dB LUFSになるように大音量のマスタリングに適用され、このプロセスでは追加の歪みは生じることなく、単に音量が減少するだけだとされています。つまり、音圧の高いマスターは「劣化」するのではなく「音量を下げられる」だけ、というのが建前です。

しかし、ここに現場のエンジニアとして見過ごせない落とし穴があります。ノーマライゼーションという処理そのものは、あくまで音量を上下させるだけの、無害な仕組みです。問題は処理の前段階、つまりマスタリングの時点にあります。リミッターで波形の頭を削り取り、トランジェントを潰し尽くしたマスターは、ノーマライゼーションを経る以前に、すでに音楽としての生命力――アタックの鋭さ、空気感、余白の美しさ――を失っています。ノーマライゼーションは音量を整えてくれますが、すでに潰れてしまった音楽性までは戻してくれません。これはまさに、刀を研ぎすぎて刃こぼれした名刀のようなもの。鞘に納めたところで、その刃こぼれは消えないのです。

プラットフォームごとの「性格」の違い

もう一点、見落とされがちなのが、ノーマライゼーションの「かかり方」の違いです。あるツールの解説によれば、音圧が低い楽曲は基本的にそのまま再生されて音量が上がることはなく、一方「ラウド」モードでは圧縮が強めにかかり音圧が低い楽曲も持ち上げられる、「標準」モードではYouTubeと同じく音圧が高い楽曲のみ音量が下がる、という仕組みになっています。

つまり、同じ楽曲であっても、リスナーがどのプラットフォームの、どの設定で聴いているかによって、提示される「音量バランス」がまったく異なります。あるプラットフォームでは静かに引き算された音として、別のプラットフォームでは持ち上げられた音として届く。私たちエンジニアが一つのマスターに込めた意図は、配信網という不可視のフィルターを通る瞬間に、すでに複数の解釈へと枝分かれしているのです。

第二の関所:コーデックという、もう一つの翻訳作業

非可逆圧縮という「通訳」の癖

ラウドネスノーマライゼーションが「音量」の関所だとすれば、もう一つの関所は「音質」そのものに関わってきます。それが、各プラットフォームが採用する音声コーデック(圧縮形式)の違いです。

CDからストリーミングへと主戦場が移った今、私たちが書き出すWAVファイルは、配信の過程でほぼ例外なく圧縮されます。データ容量を小さくするために非可逆圧縮をおこなうAACに対し、ALACは音質を劣化させることなくデータを圧縮する可逆圧縮を採用しており、従来の圧縮では失われてしまう音の情報を保持できます。この「可逆か、非可逆か」という一点だけでも、配信先によって音の運命は大きく分かれます。

具体的に見てみましょう。Spotifyの標準ストリーミング品質は最大320kbpsのOgg Vorbis形式、Apple Musicは256kbpsのAAC形式を採用しています。数値だけを比べればSpotifyのビットレートのほうが高く見えますが、話はそう単純ではありません。コーデックの設計思想そのものが異なるため、単純比較はできないのです。

実際にヘッドホンで聴き比べた検証では、両者の間に聴感上の違いを報告する例もあります。ただし、条件(楽曲、機材、聴取環境)によって印象は変わりうるため、「AACのほうが優れている/劣っている」と一概に断定はできません。それでも、同じ楽曲のはずなのに聴感の質感が違って聞こえること自体は、決して気のせいではなく、コーデックの設計思想の違いが生み出す音響的な事実だと言えるでしょう。

「翻訳」によって生まれる、微細な人格の違い

非可逆圧縮とは、人間の聴覚特性を利用して「聞こえにくい帯域・成分」を大胆に間引く技術です。AACとOgg Vorbisは、どちらの周波数帯域を、どのタイミングで、どれだけ削るかという「間引きの哲学」が異なります。

例えるならば、これは同じ原稿を二人の異なる翻訳者に渡すようなものです。意味は概ね正確に伝わるけれども、選ぶ言葉のリズムや余白の取り方、行間に滲む空気感は、翻訳者ごとに微妙に違ってくる。AACという翻訳者には、AACなりの言葉選びの癖があり、Ogg Vorbisという翻訳者には、また別の癖がある。私たちが丹精込めて仕上げたマスターという「原文」は、配信プラットフォームという翻訳者の手によって、それぞれ異なる「方言」へと姿を変えていくのです。

さらに、再生環境による圧縮の重なりも無視できません。PCやスマホ・タブレットに届いた時点ですでに圧縮がかけられている上に、Bluetooth再生の場合は使用されるコーデック(SBC、AAC、aptX、LDACなど)によって、さらに圧縮が重なることがあります。コピーにコピーを重ねるようなことは、一般に音質面で望ましいことではありません。スタジオで丹念に磨き上げた音像が、リスナーの手元に届くまでに何重もの「翻訳」を経ている――この現実を知ると、いかにマスタリングという最終工程が、まだ見ぬ未来の劣化に備える「予防医療」のような仕事であるかが分かってくるでしょう。

ロスレスという選択肢、そしてその先にあるもの

近年では、この圧縮による情報の目減りを問題視する動きも強まっています。Apple Musicでは高音質を求めるユーザーのために2021年よりロスレスオーディオとハイレゾロスレスが提供されており、圧縮を行わないALACが使用され、ビットレートは最大24ビット/192kHzにまで対応しています。Amazon Musicも同様にロスレス配信(HD/Ultra HD)に対応しており、非可逆圧縮のみのSpotify(標準プラン)やYouTubeと比べると、Apple MusicとAmazon Musicはロスレスという選択肢を持っている点で音質面での優位性があると言えます。

ロスレス配信の広がりは、私たちエンジニアにとって朗報です。しかし、忘れてはならないのは、ロスレスであっても先述のラウドネスノーマライゼーションの対象からは逃れられないという点です。コーデックの問題が解消されても、音量の関所は依然として存在し続けます。技術が進歩しても、配信という構造そのものが持つ「介入」の性質は、簡単には消えてなくならないのです。

なぜTuneCoreなどのディストリビューター経由だと、これが見えにくいのか

TuneCoreをはじめとするディストリビューターは、私たちが書き出したマスター音源を各プラットフォームへ一括で送り届けてくれる、非常に便利な存在です。しかし、その利便性の裏側で、私たちは音源がどのような経路をたどり、どのような処理を受けているのかを、直接目にする機会を失っています。

ディストリビューターに納品する時点では、私たちの手元には一つのマスターしか存在しません。しかし、そのマスターがSpotifyに渡った瞬間、Apple Musicに渡った瞬間、YouTubeに渡った瞬間――それぞれの場所で、見えないラウドネスの調整と、見えないコーデックへの変換が、同時並行で静かに進行しています。私たちが意識すべきは、納品した時点で仕事が終わるのではなく、その先に「もう一つの工程」が待ち構えているという事実なのです。

これは決して、ディストリビューターやプラットフォームを非難すべき話ではありません。彼らの仕組みは、リスナーに快適な体験を届けるための、合理的な工夫です。問題があるとすれば、それはエンジニア側がこの仕組みを知らないまま、CD時代の感覚で音圧至上主義のマスタリングを続けてしまうことにあるでしょう。

RED IGUANA STUDIOの見解 ―― 「足し算」ではなく「設計」としてのマスタリング

私たちRED IGUANA STUDIOは、長野県伊那市という、決して音楽産業の中心地とは言えない場所からスタジオを構えています。しかし、だからこそ見えてくるものもあります。都会の喧騒から少し離れた場所で耳を澄ますと、音楽というものが、いかに繊細な情報の連なりであるかを、改めて実感させられるのです。

配信プラットフォームごとに音が変わる――この事実を初めて知った時、落胆するエンジニアも少なくないでしょう。「自分の仕事が、自分の知らないところで書き換えられてしまう」という感覚は、職人としてはどうしても面白くないものです。けれども私たちは、この現実をむしろ前向きに捉えるべきだと考えています。

なぜなら、ラウドネスノーマライゼーションの登場によって、「音圧を上げれば勝てる」という単純な物差しは、もはや意味を失いつつあるからです。これからの時代に問われるのは、いかにダイナミクスを大切に扱い、楽曲そのものの呼吸を生かしたマスタリングができるかという、本質的な音楽性に他なりません。音圧という記号的な強さではなく、静けさと強さのコントラストこそが、リスナーの心を動かす力を持つのです。

私たちは、マスタリングという工程を、単なる「音量を上げる作業」とは考えていません。それは、楽曲がこの先たどるであろう、幾つもの未知の経路――異なるコーデック、異なるラウドネス基準、異なる再生環境――を見据えながら、どんな場所でもその楽曲の核となる魅力が損なわれないように設計する仕事です。いわば、これから旅に出る音楽に、どんな気候でも崩れない、しなやかな装いを与えてあげることと言えるでしょう。

リミッターでマスターの限界まで攻め込むことは簡単です。けれども、それは目先の音圧という見栄えのためにダイナミクスという財産を切り売りする行為に他なりません。私たちが大切にしているのは、Spotifyで聴いても、Apple Musicで聴いても、YouTubeで聴いても、形こそ少しずつ違えど、その楽曲が持つ「核」の部分――グルーヴの説得力、声の質感、楽器同士の対話――が決してぶれないマスタリングです。

具体的には、私たちは書き出し前の最終チェックとして、以下のような視点を大切にしています。

  • True Peakに余裕を持たせる:コーデック変換時のインターサンプルピークによる歪みを避けるため、-1dBTP程度の余白を残す
  • ダイナミクスを削り切らない:全体のLUFS値だけでなく、静と動のコントラスト(サビと間奏の差など)が残っているかを確認する
  • 複数の再生環境で試聴する:スタジオモニターだけでなく、スマホのスピーカーやBluetoothイヤホンなど、実際にリスナーが使う環境で聴感を確認する

音楽配信という見えない関所を越えていく先で、あなたの楽曲がどんな表情を見せるのか。それを想像しながら音を磨き上げること。それこそが、ストリーミング時代におけるマスタリングエンジニアの、新しい審美眼であると、私たちは信じています。


当スタジオでは、レコーディングからミックス・マスタリングまでトータルでサポートいたします。 質の高い制作環境を保つため「完全予約制」のプライベート空間となっておりますので、周りを気にせずご自身のペースで集中して制作していただけます。

営業時間: 火〜日 10:00 〜 19:00(月曜定休)
[ 制作のご依頼・ご相談窓口【無料】]

streaming-sound-culprit

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次