カフェで流れる一曲。レストランのロビーを満たす旋律。イベント会場で観客の気持ちを高めるあの音源。私たちは日常のあらゆる場所で「誰かの演奏」に囲まれて生きています。けれど、その音を実際に歌い、弾き、そして一枚の音源へと仕上げた人たちのもとに、対価が届いていなかったとしたら――そう聞いて、違和感を覚えない音楽制作者はいないでしょう。2026年6月17日、この長年の歪みに一石を投じる改正著作権法が成立しました。今回は、この法改正がもたらす変化と、その背景にある構造について、レコーディング・マスタリングの現場に立つ者としての視点も交えながら解説いたします。
何が変わったのか ― 「作った人」だけでなく「歌った人・演奏した人」にも
これまで、お店や施設でBGMとして音楽が流れる際に発生する使用料は、作詞家や作曲家、そしてその著作権を管理するJASRACなどの団体にのみ支払われる仕組みになっていました。つまり、楽曲というアイデアと言葉を生み出した人には対価が渡る一方で、その楽曲を実際に歌い、演奏し、一つの「音源」として完成させた歌手やミュージシャン、レコード会社には、BGM利用に対する報酬が一切入らないという状態が続いていたのです。
今回の改正で新たに創設されたのが「レコード演奏・伝達権」という権利です。カフェやレストラン、ホテル、小売店、イベント会場といった公の場で商業用レコード(CDや配信音源など)が再生・伝達された場合に、実演家(歌手・演奏家)およびレコード製作者(レコード会社)が、その利用に対する二次使用料を受け取ることができるようになります。著作権法に新設された第95条の2、第95条の3、第97条の2、第97条の3という条文が、この権利の根拠となりました。
音を扱う仕事をしていると、この改正の意味の重さがよくわかります。マイクの前で声を張った歌手の呼吸、フレーズの端々に滲むミュージシャンの癖、そしてそれをひとつの作品として磨き上げたレコーディングやマスタリングの工程――そのすべてが「音源」という形に結晶した瞬間から、これまでは対価の外に置かれていたのです。作詞・作曲という設計図に光が当たる一方で、それを血の通った音に変えた実演家たちの労力が見過ごされてきたことは、現場の人間として、ずっと心に引っかかっていた不均衡でした。
なぜ、これまで届かなかったのか ― 著作権と著作隣接権という壁
この問題を理解するには、音楽に関わる権利が大きく二つに分かれていることを知る必要があります。一つは作詞家・作曲家が持つ「著作権」、もう一つは実演家やレコード製作者が持つ「著作隣接権」です。現行の著作権法のもとでは、施設がBGMとして音楽を利用する際、著作権者に対しては「演奏権」に基づいて使用料が支払われる仕組みが整っていました。しかし著作隣接権者である実演家やレコード製作者には、同様の権利が長らく認められていませんでした。
この非対称は、単なる法律上の空白ではなく、音楽産業の収益構造そのものに影を落としてきました。レコーディングスタジオでどれだけ丁寧に音を録り、マスタリングでどれだけ緻密に音圧と質感を整えても、その音源が公の場で流れ続ける限り生まれ続ける対価の一部は、演者やレコード会社の手元には戻らない。これは、音を作る側の人間からすれば、努力と報酬のあいだに横たわる静かな断絶のように感じられるものでした。
世界142カ国では「当たり前」だったこと
興味深いのは、この権利がすでに世界142の国と地域で導入されているという事実です。OECD加盟38カ国のうち、日本とアメリカを除く36カ国では、すでにこの制度が整備されていました。つまり、今回の改正は目新しい発明というよりも、国際的な標準にようやく日本が追いついたという意味合いが強い動きだと言えるでしょう。
なぜこれほど長く見送られてきたのかといえば、理由は一つではありません。国際的には著作隣接権に関する条約の締約国数が著作権本体に比べて少なく、日本が対応を急ぐ制度的な圧力がこれまで弱かったという経緯があります。加えて、BGMを流すたびに新たな使用料が発生するとなれば飲食店や小売店にとってはコスト増となるため、店舗側の負担への配慮が導入を慎重にさせてきた面も大きいとされています。今回の改正でも、施行までに公布から3年という猶予期間が設けられており、二次使用料の徴収体制や運用ルールについては、これから指定団体制度を通じて具体化されていく見通しです。文化庁長官が指定する団体が、実演家とレコード製作者それぞれの立場から連携しながら、使用料規程の策定や権利行使を担うことになります。
海外で流れた日本の音楽、対価が還ってこなかった構造
もう一つ、今回の改正の背景として見逃せないのが「相互主義」という国際的なルールです。著作隣接権の分野では、ある国にレコード演奏・伝達権のような制度が存在しない場合、その国のアーティストは海外でその国の楽曲が利用されても対価を受け取れない、という互恵の原則が働きます。
これはつまり、日本のアーティストの楽曲が海外のカフェやショップで流れていたとしても、日本国内にこの権利が存在しなかったために、その対価が日本のアーティストのもとに還元されない、という構造的な不利益を意味していました。K-POPをはじめとするアジア発のアーティストが世界的な再生インフラの中で正当な対価を得ていく時代にあって、日本の音楽だけがこの循環から取り残されているという状況は、国際的な音楽ビジネスの土俵に立つうえで見過ごせない課題だったのです。今回の法整備によって、この相互主義の壁が取り払われ、海外での利用に対する対価が日本のアーティストにも還流する道が開かれることになります。
もっとも、この改正がすべての立場から手放しで歓迎されているわけではありません。使用料を新たに負担することになる店舗・施設側からは、経営コストの増加を懸念する声も当然あります。使用料の設定次第では、コスト負担を避けるためにBGMの利用自体を控える施設が出てくる可能性も指摘されており、対価還元と音楽利用の裾野の広さをどう両立させるかは、今後の使用料規程づくりにおいて丁寧な議論が求められるところです。
これから整備される実務 ― 施行までの3年間
今回成立した改正法は、公布から3年以内に施行されることが定められています。2026年6月17日の成立から数えると、遅くとも2029年前半頃までには実際の運用が始まる計算になりますが、施行日そのものはまだ確定していません。
そして、多くの実演家やレコード会社が最も気にかけているであろう「実際いくら支払われるのか」という二次使用料の金額や分配の割合についても、現時点ではまだ何も定まっていません。仕組みとしては、過去の放送二次使用料の枠組みと同様に「指定団体制度」が採用される予定です。具体的には、文化庁長官が実演家側・レコード製作者側それぞれの指定団体を指定し、その指定団体が業種や利用形態ごとの使用料規程の案を作成、店舗・施設側の代表団体との協議を経て金額や分配ルールを確定させていく、という段取りになります。協議が整わない場合には、文化庁長官の裁定を仰ぐ仕組みも用意されています。
つまり、この3年という期間は「制度の骨組みは決まったが、血の通った金額や配分はこれから」という段階であり、レコード協会等の市場調査によればレコード演奏を行っている事業所は全国で約157万カ所にのぼるとも推計されているだけに、その協議の行方は業界全体にとって注視すべきテーマとなるでしょう。私たち音楽制作の現場に身を置く者にとっても、今後この制度がどのような形で運用されていくのか、引き続き注意深く見守っていく必要があります。
スタジオの現場から見えること
日々レコーディングやミックス、マスタリングに向き合っていると、一つの音源が完成するまでにどれほど多くの手が関わっているかを痛感します。ボーカリストがブースの中で紡ぐ一音一音、演奏家が積み重ねてきた指先の記憶、そしてそれらをひとつの作品として結晶させるエンジニアの仕事――そのどれもが欠けても、私たちが日常で耳にする「音」は生まれません。にもかかわらず、その音が世に流れ続けるほどに広がっていく対価の分配から、演者たちが置き去りにされてきたという事実は、音楽づくりに携わる者として、看過できない歪みでした。
今回の法改正は、この歪みを正すための、遅すぎたとも言える一歩です。とはいえ、制度が変わったからといって、現場の意識がすぐに追いつくわけではありません。むしろ、これから3年をかけて整備される実務の中でこそ、実演家やレコード製作者への敬意がどれだけ実質を伴うものになるかが問われていくのだと思います。
結論 ― RED IGUANA STUDIOの見解
音楽とは、譜面の上だけで完結するものではありません。声にされ、弦を弾かれ、鍵盤を叩かれ、そしてスタジオという場所で丁寧に磨き上げられて初めて、人の心に届く「音」になります。私たちRED IGUANA STUDIOは、その工程のひとつひとつに敬意を払いながら日々の仕事に向き合ってまいりました。
今回の「レコード演奏・伝達権」の創設は、音楽を「作る人」だけでなく「音にする人」への正当な評価を制度として認めるものであり、私たちが日頃現場で大切にしている価値観と重なるものだと感じています。使用料の金額や分配ルールが実際に定まるまでには、まだ数年単位の時間がかかるでしょう。それでも、その先にあるのは、音を紡ぐすべての人が正当に報われる音楽産業の姿に他なりません。私たちは、その行方を見届けながら、これからも一つひとつの音づくりに丁寧に向き合っていきたいと考えております。
