レコーディングスタジオの写真を見ていると、マイクの前に必ずと言っていいほど「黒い丸いもの」が置いてあります。あれ、何だろう?と気になったことはないでしょうか。
あれの名前はポップガード。ポップフィルター、ポップスクリーンなど様々な呼び方がありますが、日本では「ポップガード」が最もよく使われます。見た目はシンプルですが、ボーカルレコーディングにおいて非常に重要な役割を担っています。
今回はそのポップガードについて、仕組みから素材の違い、実際の使い方まで、現場目線でしっかり解説していきます。
ポップガードって何?
ポップガードとは、マイクロフォンの前に設置するフィルターのことです。丸いフレームにネット状の素材が張られていて、マイクスタンドのポールやブームアームにクランプで固定して使うのが一般的です。
見た目はごくシンプルですが、その役割は非常に明快——マイクへの不要な息の吹き込みを防ぐことです。
何を防いでいるのか——「破裂音」の正体
ポップガードが防ぐのは、いわゆるポッピングと呼ばれる現象です。
「パ」「バ」「ハ」などの発音をするとき、口から強い息の塊(破裂音)が飛び出します。これがマイクのダイアフラム(振動板)に直撃すると、録音波形が大きくクリップしたり、低域がドスンと膨らんだりします。再生するとボフッ、ドスッという不快な音として聞こえる、あれです。
試しにやってみてください。手のひらをマイクだと思って、口の前10センチほどに置き、「パ」と発音してみます。手に強い風が当たるのがわかるはずです。あの風がダイレクトにマイクに当たるのがポッピングの正体です。
ポップガードはその息の流れを分散・吸収することで、マイクへの直撃を防ぎます。
あったとなかったで何が変わるか
ポップガードはあくまでポップ成分が気になる場合にのみ使用するのが基本です。
ポッピングが発生する環境でポップガードなしで録音すると、編集時にポッピングを除去する作業が発生します。完全に除去できればいいのですが、現実には声の一部も一緒に削ることになり、音質に影響が出ます。ポッピングが起きるようであれば、最初からポップガードを使う方が音質的にも作業効率的にも断然良いです。
一方で、ウィスパーボイスのように息を吐く量が少ないアーティストの場合は特に注意が必要です。そもそもポッピングが発生しにくいうえ、マイクと口の間に余計なものを挟むことで、繊細な息づかいや声のニュアンスが損なわれるリスクがあります。まず試しに録音してみて、ポッピングが気にならないようであればポップガードなしで収録するという判断も十分ありです。
また、ポップガードにはマイクを唾液から守るという副次的な効果もあります。コンデンサーマイクは繊細な機材です。唾液がダイアフラムに付着すると音質劣化や故障の原因になります。ポップガードはその盾にもなっています。
ウィンドスクリーンとの違い
ここで混同しやすいものを整理しておきましょう。
ウィンドスクリーンはマイク本体にかぶせるスポンジ状のカバーのことです。屋外収録やライブなど、風の影響を防ぐために使われます。ハンドヘルドマイクに使われる球状のスポンジカバーもこれの一種です。
ポップガードはマイクの前に独立して設置するフィルターで、主にスタジオでのボーカルレコーディングで使われます。
用途と設置方法が違うので、別物として覚えておいてください。両者の役割をざっくり整理するとこうなります。
| ポップガード | ウィンドスクリーン | |
|---|---|---|
| 主な用途 | スタジオでのボーカル録音 | 屋外・ライブでの風切り音防止 |
| 設置方法 | マイクの前に独立設置 | マイク本体に装着 |
| 防ぐもの | 破裂音・唾液 | 風切り音・息 |
素材・種類の違い
ポップガードには大きく分けて2種類の素材があります。それぞれ特性が異なるので、選ぶ際の参考にしてください。
ナイロン(布・ストッキング系)
最もポピュラーな素材です。ストッキングに近い生地が二重に張られた構造のものが多く、息の流れをやわらかく受け止めます。価格が手頃で扱いやすく、世界中のスタジオで長年使われてきた定番タイプです。
ただし素材の性質上、高域がわずかにカットされる傾向があります。こもった印象になることもあるため、マイクや声質との相性を確認しておきたいところです。
余談ですが、ナイロン系のポップガードのスクリーンが破れてしまった場合、奥様や家族の使い古しのストッキングを張り替えて試してみるのも面白いかもしれません。デニール数によって息の通り方が変わるので、色々試してみると思わぬ発見があるかも?(あくまで自己責任でw)
メタルメッシュ(金属製)
金属メッシュを使ったタイプです。ナイロン系に比べて音への影響が少なく、原音に忠実な録音ができるのが最大の特徴です。また洗えて清潔に保てるという実用的なメリットもあります。価格はナイロン系より上がる傾向にあります。
RED IGUANA STUDIOで実際に使っているポップガード
ここからは当スタジオで実際に使用している3機種を紹介します。どれが自分の声・マイク・楽曲に合うかは、ぜひ実際に試して判断してください。
JZ Microphones PF
https://intshop.jzmic.com/products/pop-filter
ラトビアのマイクメーカーJZ Microphonesが手がけるポップガードです。ワイヤーメッシュ製ですが、その形状がユニークで、独自のウェーブフォーム(波状)構造がポッピングを徹底的に排除する設計になっています。
周波数特性への影響が非常に少なく、コンパクトな形状が余計な反響を抑えるという点も優れています。45cmのグースネックで位置調整も自在です。
米TapeOp誌では「これまで使った中で最高のポップガード」と評されており、プロからの評価も高い一本です。
STEDMAN Proscreen 101
https://www.stedmanusa.com/product-details/proscreen-ps101
アメリカ製のメタルポップガードです。最大の特徴は「メタルダクト」と呼ばれる独自加工で、ボーカルの音だけをマイクに通しつつ、不要な息を下方向に排気する仕組みになっています。
布製のポップガードのように高域を失うことなく録音できるため、音質へのこだわりが強いエンジニアに長年支持されている機種です。リボンマイクとの組み合わせにも最適で、水洗いができる衛生面での使いやすさも評価が高いです。
グースネック一体型で、マイクスタンドに直接取り付けて使います。
K&M 23956 Popkiller
https://www.k-m.de/en/products/microphone-stands/popkiller/23956-popkiller-black
ドイツのスタンドメーカーKönig & Meyer(K&M)の定番ポップガードです。「Popkiller」という名称で世界中のスタジオに普及している、文字通りクラシックな一本です。
ダブルナイロンスクリーン構造で、ポッピング防止の効果は確かです。取り付けもシンプルで使いやすく、価格も手頃です。
個人的な見解としては、メタルメッシュ系と比較すると若干こもった印象になる傾向があると感じています。ただしマイクや声質、セッティングによって変わるので、実際に自分の耳で確認してみてください。
その他の定番機種
当スタジオの機材以外にも、世界中のスタジオで広く使われている定番機種をいくつか紹介しておきます。購入を検討する際の参考にしてください。
sE Electronics Dual Pop Filter / Metal Pop Filter
https://seelectronics.com/accessories
マイクメーカーとして定評のあるsE Electronicsが手がけるポップガードです。布製とメタル製のフィルターをヒンジ機構で組み合わせたDual Pop Filterは、状況に応じて使い分けられる柔軟性が魅力です。メタルのみのMetal Pop Filterは、凸状のパーフォレーション設計で低域の息を側面に逃がしつつ高域の影響を最小限に抑える構造になっています。
Avantone PS-1 PRO-SHIELD
https://avantonepro.com/en/products/ps-1
メタルメッシュ製のポップガードです。マイクのグリル形状に合わせてわずかにカーブした設計が特徴で、マイクへの近接配置がしやすいです。高域をカットせずにポッピングをしっかり防ぐと評価が高い一本です。
ISOVOX ISOPOP Silver
https://isovoxbooth.com/products/isopop
スウェーデン発のブランドISOVOXによるポップガードです。交換可能なフィルターが2枚付属しており、ポップ成分を透明に除去するNeutralタイプと、サ行のきつさを自然に和らげるDe-Essタイプを使い分けられます。スタイリッシュなデザインと機能性を両立した、近年注目度が高い機種です。
audio-technica AT-PF2
https://www.audio-technica.co.jp/product/AT-PF2
日本の老舗マイクメーカーaudio-technicaのポップガードです。ダブルナイロンスクリーン構造で、国内でも入手しやすく価格も手頃です。日本のスタジオやホームレコーディングユーザーに広く使われている定番の一本です。
スタジオでの使い方・距離感
ポップガードの効果を最大限に引き出すためには、正しい設置が重要です。
マイクとポップガードの距離は5〜10cm程度が基本です。近すぎると効果が薄くなり、遠すぎると息が拡散する前にマイクに届いてしまいます。STEDMANはメーカー推奨が約5cmとされています。
ボーカリストとポップガードの距離は10〜15cm程度を目安にするとよいでしょう。ここは声の大きさやマイクの感度によって調整してください。
角度は基本的に正面(マイクと平行)で問題ありませんが、ポッピングが気になる場合は少し斜めに傾けると効果が増すことがあります。
また、素材によって息を防げる量も変わってきます。距離や角度を調整してもポッピングが防ぎきれない場合は、素材や種類を変えることも大切な選択肢のひとつです。ナイロン系でうまくいかなければメタルメッシュ系を試してみる、あるいはその逆も然り。セッティングだけで解決しようとせず、道具そのものを見直す視点を持っておいてください。
ポップガードに口をつけてもいいの?
動画などでポップガードに口を近づけて、あるいはほぼ密着させて歌っているシーンを見ることがあります。「あれが正しいの?」と思った方もいるかもしれません。
結論から言うと、基本的には口をつけて歌うものではありません。
口とポップガードの間には10〜15cm程度の距離を保つのが基本です。近づきすぎると息がうまく分散されず、ポッピングが防ぎきれなくなります。またマイクとの距離も近くなりすぎるため、近接効果(マイクに近いほど低域が強調される現象)が過剰に出てしまい、音がこもったり不自然に太くなったりすることもあります。
ただし例外もあります。ラップやR&Bなど、あえてマイクに非常に近づいて録音することで独特のサウンドを狙うケースがあります。その場合でもポップガードに口をつけるというよりは、マイクとの距離感をコントロールしているという意識で使うのが正しいです。
動画で見かける「口がほぼついている」シーンの多くは、ライブパフォーマンスの演出や、そもそもポップガードの使い方を知らないケースも少なくありません。スタジオでのボーカルレコーディングにおいては、適切な距離感を守ることが良い録音への近道です。
【本音】マイク選びより先に考えてほしいこと
最後に、20年間スタジオで録音し続けてきた現場からの本音をお伝えします。
どんなに高価なマイクロフォンを使っても、ポップガードが適当では意味がありません。
マイクロフォンと口の間に何かを挟むということは、必ず音に影響を与えます。その影響の度合いは、挟むものの素材や形状によって大きく変わります。素材を吟味せず、なんとなく安価なものを選んでいるとしたら、せっかくの高級マイクのポテンシャルを自ら削いでいることになります。
また忘れてはならないのは、ポップガードは必要だから使うものであって、とりあえず付ければいいものではないということです。不要な場面で使えば、それは純粋に音質の劣化要因になります。
「必要なければ、百害あって一利なし」です。
なお、マイクロフォンによっては本体に強力なポップガード機能が最初から組み込まれているものもあります。そういった機種では、外付けのポップガードなしで収録して問題がなければ、そもそも必要ありません。SHURE SM58のような定番ダイナミックマイクがその代表例で、グリル内部にすでにポップガードが内蔵されています。それでも外付けをさらに重ねて使っている映像をたまに見かけますが……正直、もったいないと感じてしまいます。
ポップガードが必要かどうか、どの素材が自分の声・マイク・楽曲に合っているか。その判断こそが、マイク選びと同じかそれ以上に重要だと思っています。
そもそも、マイクメーカーはポップガードありの状態でチューニングをしているのでしょうか。もしありの状態でチューニングしているとしたら、いったい何を使っているのか。その答えは公式には明らかにされていないことがほとんどです。だからこそ、「とりあえず付ける」ではなく、自分の耳で判断することが何より大切だと思っています。
まとめ
- ポップガードは「パ・バ・ハ行」などの破裂音がマイクに直撃するのを防ぐ機材です
- ウィンドスクリーンとは別物です。混同しないようにしましょう
- 素材によって音への影響が異なります。メタルメッシュ系は原音に忠実、ナイロン系はこもりが出やすい傾向があります
- マイクから5〜10cm離して設置するのが基本です
- どんな高級マイクも、ポップガードの選択と使い方次第で真価を発揮できないこともあります
- ポッピングが気にならないなら、使わない判断も立派な選択です
あの「黒い丸」の正体、これでスッキリしていただけたでしょうか。次にスタジオ写真を見たとき、その意味と重要性が違って見えてくるはずです。


